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飾り幕

「水引幕」大改修 昭和30年製

地区名 兵庫県淡路市富島(秋祭り)東之町
図柄 「韓のケツ童子乃図」 寸法(14尺2寸×2尺8寸5分)

昭和30年に制作された大変豪華な純金糸縫い潰しの淡路型水引幕です。島内に数ある「韓のケツ童子乃図」の中でも、比較的に新しい時代の作品のひとつです。
『韓のケツ童子乃図』~城を築いた蛇~晋の懐帝の永嘉年間(西暦307~312年)に韓媼(かんおう)という老女が野原で大きな卵を見つけ、家に持ち帰り育てたところ、やがて人間の赤ん坊が生まれたので、ケツ児(後のケツ童子)と呼ぶことにした。ある日、遊牧民族出身の劉淵(りゅうえん)という権力者が平陽の地に城を築こうとしたがなかなか完成しなかった。そこで築城の上手な者を広く募った。ケツ童子はそれに応募し、蛇に姿を変えると韓媼に灰を用意させ「私の這っていく跡に灰を撒いていけば自然に城の縄張りが出来る」と教えた。韓媼は彼の言うとおりにしたところ立派な城(金龍城)が完成した。
※度重なる補修のため、金糸が非常に傷んだ状態でした。まずは、金龍城、龍、ケツ童子、龍の尾、雲を旧幕から取り外し細かく部品を分解して、ほつれの綴じ直しと糊入レで補修。傷みの激しかった背景の波は、すべて取り外し純金糸で新調いたしました。失われていた龍の爪、牙は本象牙で新調し、錺金具「逆蓮頭擬宝珠」と「龍剣」、御殿の「風鐸」も新調いたしました。

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「行燈幕」大改修(大正時代)

地区名 和歌山県紀の川市 粉河 (粉河祭り)北町
図柄 「富士の巻狩り乃図」 寸法(12尺5寸×2尺2寸)

大正時代(推定)に制作された飾り幕です。図柄は『富士の巻狩り乃図』建久4年(1193年)源頼朝は富士の裾野で関八州の武士を集めて大規模な狩猟を行った。巻き狩りの最中、傷ついた巨大な猪が頼朝の仮屋近くに駆けてきたが、仁田四郎忠常は後ろ向きに猪に飛び乗り、腰刀を猪の胴に突き立ててこれを退治した。
※人物、獣を旧幕から取り外し、細かく部品を分解して、ほつれ綴じ直しと糊入レで補修いたしました。傷みの激しかった富士山は別染めの正絹撚糸で刺繍復元。夕日、松の幹、岩、砂、笹は旧幕から古い撚糸を慎重に取り外し、それを使って新しい下地に刺繍し直しました。下地の黒羅紗と、ヘリ 乳の緑羅紗はウール100%の本羅紗を使用いたしました。

粉河北町 行燈幕

粉河北町 行燈幕1

粉河北町 行燈幕2

「傘幕」大改修(幕末~明治初期)

地区名 和歌山県紀の川市 粉河 (粉河祭り) 北町
図柄 「波に雲龍乃図」 寸法(14尺5寸×2尺5寸)

幕末~明治初期に兵庫県の神西郡千原村(現・神崎郡市川町千原)の刺繍職人、岩田虎市氏によって制作された飾り幕です。下絵の名に「岩」の印があることから、自ら下絵も描き刺繍を制作していたものと思われます。図柄は「波に雲龍乃図」荒波の中から天に昇る龍が肉入レ刺繍によって表現されています。
※制作から約150年経過しており、金糸、正絹糸、羅紗生地ともに激しく傷んでいたため、龍に使われていた腐食の進んだ古い金糸をいったん取り除き、古い肉に綿を付け足し整えてから、新しい純金糸で、刺繍復元いたしました。龍の角、イガ、腹部分は傷みの少なかった古い金糸をあえて残しました。雲 波部分は純金糸、黒色正絹撚り糸で(旧幕に残っていた墨の跡を写し取り)復元。下地の緋色の羅紗と、ヘリ 乳の抹茶色の羅紗は別染めウール100%の本羅紗を使用いたしました。龍の爪牙は古い錺金具を再メッキ。幕の下部分の七宝四段フレンジは白色正絹製で新調復元いたしました。

粉河北町 傘幕

粉河北町 傘幕1

粉河北町 傘幕2

「水引幕」大改修 明治中期製

地区名 兵庫県南あわじ市阿万(春祭り)本庄下組
図柄 「三顧の礼乃図」 寸法(14尺×2尺6寸5分)

明治中期に淡路島の掃守村(現・南あわじ市掃守)の刺繍職人、名工 小泉久吉氏によって制作された淡路型の水引幕です。図柄は「三國志・三顧の礼乃図」。劉備が諸葛孔明を自軍に招聘(しょうへい)する為、諸葛孔明 邸を三度に渡り訪れた。一度目は、諸葛孔明は不在。二度目は悪天候の中、訪れるが弟の諸葛均がいただけで諸葛孔明は不在。三度目に訪れたときは、諸葛孔明は在宅だったが昼寝をしていた。劉備は、諸葛孔明が目覚めるまで門の前で待つことにした。やがて目を覚ました諸葛孔明は、劉備を邸内に通し、待たせた非礼にと「天下三分の計」を唱える。劉備が諸葛孔明に軍師として招きたいとの意思を伝えるが、当初は仕えるのを拒む。しかし劉備の粘り強い説得により、仕える事となる。
※人物、馬、雲、岩、雪、笹の葉など、約100以上ある部品を旧幕から取り外し、それぞれのほつれを綴じ直しと糊入レで修複。傷みの激しかった人物の衣装の一部や馬の胸懸、雪など、純金糸と別染め(時代付け)の正絹撚り糸で新調。諸葛孔明の机の卓布は、わずかに残っていた古い糸を手掛かりに、正絹平糸の枡縫いで新調復元。失われていた関羽の武器「青龍堰月刀」も手打ちの錺金具で新調復元いたしました。下地の猩々緋羅紗は、別染めウール100%の本羅紗を使用いたしました。

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「水引幕」大改修 大正10年代製

地区名 兵庫県淡路市生穂(春祭り)野田尾
図柄 「韓のケツ童子乃図」 寸法(14尺×2尺9寸5分)

大正時代に制作された淡路型の水引幕です。島内に数ある「韓のケツ童子乃図」の中でも、古い時代の作品のひとつです。
『韓のケツ童子乃図』~城を築いた蛇~晋の懐帝の永嘉年間(西暦307~312年)に韓媼(かんおう)という老女が野原で大きな卵を見つけ、家に持ち帰り育てたところ、やがて人間の赤ん坊が生まれたので、ケツ児(後のケツ童子)と呼ぶことにした。ある日、遊牧民族出身の劉淵(りゅうえん)という権力者が平陽の地に城を築こうとしたがなかなか完成しなかった。そこで築城の上手な者を広く募った。ケツ童子はそれに応募し、蛇に姿を変えると韓媼に灰を用意させ「私の這っていく跡に灰を撒いていけば自然に城の縄張りが出来る」と教えた。韓媼は彼の言うとおりにしたところ立派な城(金龍城)が完成した。
※金龍城、龍、ケツ童子、龍の尾を旧幕から取り外し細かく部品を分解して、ほつれの綴じ直しと糊入レで補修。背景の雲、波、波頭は純金糸で新調いたしました。失われていた龍の爪、牙は本象牙で新調し、錺金具「逆蓮頭擬宝珠」と「龍剣」は再メッキ。下地の猩々緋羅紗は、別染めウール100%の本羅紗を使用いたしました。

野田尾

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「行燈幕」大改修 江戸天保年間(1830~44)年製

地区名 和歌山県紀の川市粉河 (粉河祭り) 天福町  
図柄 「海女の玉取り乃図」 寸法(13尺3寸×2尺1寸5分)

江戸時代に制作された黒羅紗地に金色の龍と白い波が美しく、印象的な飾り幕です。図柄は讃岐の国(香川県)の志度の浦の物語。「藤原不比等の命を受け、志度の浦の海女が、龍宮城の龍神に奪われた、面向不背(めんこうふはい)という宝玉を命を懸けて取り戻す」という伝説を、肉入レ刺繍によって表現されています。また黒羅紗に白い波が馴染むよう、白の撚糸にわずかに水色の絹糸を混ぜるといった工夫や、海女の髪の毛に実際の女性の髪の毛を使用するなど、各所にこだわりが見えます。 
※龍神に使われていた金糸の腐食が激しかった為、古い金糸をいったん取り除き、肉に綿を付け足し整えてから、新しい純金糸で刺繍復元いたしました。龍神の火焔、舌部分は猩々緋羅紗に綿を詰める古来の方法で復元。海女と龍宮城は比較的、保存の状態が良かった為、刺繍全体のほつれを綴じ直しと糊入レで修復。また下地の黒羅紗は新調。波部分は新しい撚り糸で刺繍復元いたしました。

行燈幕「海女の玉取り乃図」1

海女の玉取1

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「傘幕」大改修 江戸天保年間(1830~44)年製

地区名 和歌山県紀の川市粉河 (粉河祭り) 天福町
図柄 「孔雀牡丹乃図」 寸法(14尺×2尺8寸)

江戸時代に制作された孔雀の尾羽根の躍動感ある表現がとても素晴らしい飾り幕です。孔雀はその姿の美しさ、色彩の華麗さにくわえて害蟲である毒蛇を駆除する動物として神仏を守護するものとされます。牡丹は、華麗さから中国では「百花の王」とされます。孔雀と牡丹の組み合わせは江戸時代から縁起の良い図柄として好まれてきました。
※傷みの激しかった孔雀の翼一部と足を新しく復元して、胴全体のほつれを綴じ直しと糊入レで補修いたしました。尾羽根は純金糸と別染めの新しい撚糸で古い図柄、縫い方を忠実に復元いたしました。牡丹の花と葉も一部を刺繍仕直して、花芯は「さがら縫い」という技法で復元いたしました。下地の猩々緋羅紗は新調。岩は古い撚糸をいったん取り除き、新しく肉を盛った後、元の古い撚り糸を使って再現いたしました。

傘幕「孔雀牡丹乃図」1

くじゃく1

くじゃく2

「水引幕」新調

地区名 兵庫県淡路市育波 (春祭り・秋祭り) 里之町
図柄 「韓のケツ童子乃図」 寸法(14尺9寸×2尺9寸)

「韓のケツ童子乃図」~城を築いた蛇~晋の懐帝の永嘉年間(西暦307~312年)に韓媼(かんおう)という老女が野原で大きな卵を見つけ、家に持ち帰り育てたところ、やがて人間の赤ん坊が生まれたので、ケツ児(後のケツ童子)と呼ぶことにした。ある日、遊牧民族出身の劉淵(りゅうえん)という権力者が平陽の地に城を築こうとしたがなかなか完成しなかった。そこで築城の上手な者を広く募った。ケツ童子はそれに応募し、蛇に姿を変えると韓媼に灰を用意させ「私の這っていく跡に灰を撒いていけば自然に城の縄張りが出来る」と教えた。韓媼は彼の言うとおりにしたところ立派な城(金龍城)が完成した。
※純金糸縫い潰しの淡路型水引幕です。龍の鱗は「立ち鱗仕上げ」、ケツ童子の衣装は「枡縫い」という技法で表現いたしました。また乳の紋は肉入レ刺繍で、神社の社紋である「橘」と、「育・波・里」「招・財・進・宝」の文字を角字で表現いたしました。

水引幕 韓のケツ童子乃図1

水引幕 韓のケツ童子乃図2

水引幕 韓のケツ童子乃図3

「緞帳幕」大改修 明治20年代製

地区名 和歌山県紀の川市粉河 (粉河祭り) 中町
図柄 「前九年の役乃図」 寸法(27尺6寸×4尺8寸)四張り分

明治時代に京都の大丸呉服店で制作されたもので「前九年の役」(1051~62年)、源氏と安倍氏の戦いの名場面を四枚の幕にまとめた名品です。
◆上左……源頼義が衣川の柵を攻めんとした時、兵士の喉の渇きを癒そうと弓弭(ゆはず)で岸を打つと岩間から清水がこんこんと湧き出した故事を表したもの。◆上右……わずか13歳で戦いに出陣した安倍貞任の長男、安倍千代童子の馬上の勇姿を表したもの。◆下左……右目に矢が突き刺さったまま、鳥海弥三郎(安倍宗任)を追い掛ける鎌倉景政。◆下右……源義家が敵の安倍貞任と連歌を交わす場面。
※傷みの激しかった人物の鎧や衣装は、明治期の縫い方に習い修復。復元部分は、そこだけ目立たないように別染めした絹糸を撚糸にして、刺繍仕直しました。下地の猩々緋羅紗は新調。また背景はすべて新しく復元。岩から湧き出る清水や松の枝、葉、砂などは旧幕から下絵を写し取り、図柄や配色を純金糸、正絹糸で細かく再現いたしました。

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左「源頼義水請乃図」 右「安倍千代童子馬上の勇姿乃図」

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「四方峠の戦い乃図」

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「源義家安倍貞任連歌乃図」

「行燈幕」大改修 江戸天保年間(1830~44)年製

地区名 和歌山県紀の川市 粉河 (粉河祭り) 本町
図柄 「唐獅子牡丹乃図」 寸法(12尺×2尺4寸3分)

江戸時代の「縫い潰し」という技法で制作されており、県下には例を見ない豪華な飾り幕です。図柄は「百獣の王」である獅子と「百花の王」である牡丹を描いた「唐獅子牡丹乃図」です。中央に色鮮やかな瑠璃色(るりいろ)の唐獅子と、その周りに豊かな色彩の牡丹の花が肉入レ刺繍によって表現されています。また最大の特徴は張り子製の獅子の頭である。獅子舞いに使用される獅子頭(ボテ製)と同じようなつくりの頭が、そのまま幕に縫い込まれています。張り子と刺繍が組み合わさった非常に珍しい貴重な飾り幕と言えます。
※下地に使われていた古い撚糸をすべて取り除き、駒に巻き取り、再び縫い潰しで復元いたしました。牡丹の花と葉は一部を刺繍仕直して、岩は綴じ直しと糊入レで補修。獅子は部品(頭・胴・足)を分解した後、抜け落ちた毛は瑠璃色に別染めした絹スガ糸を使って、同じ技法で植え込み復元いたしました。また旧幕と同じように幕の裏地には猩々緋羅紗を使用いたしました。

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「水引幕」大改修 昭和初期製

地区名 兵庫県南あわじ市養宜上 (春祭り) 上八木中若会
図柄 「追い掛け龍乃図」 寸法(14尺×2尺8寸)

昭和初期制作の淡路型の水引幕です。淡路島では、この頃から、明治期の布団だんじりの大改修や新しい布団だんじりの制作が盛んになりました。かつて羅紗地の水引幕が主流でしたが、大正時代に四国地方の刺繍職人が淡路島に流れて来た影響で、金糸の割合が多く、より立体的な刺繍が好まれ、四国系水引幕の制作が増え始めました。淡路島では、本作品を「潰しの追い掛け」と呼び、幕全体を24金の純金糸で縫い潰しをするという。たいへん豪華な仕上がりとなっております。
※ 二匹の龍を旧幕から取り外し、細かく部品を分解して、ほつれの綴じ直しと糊入レで補修いたしました。龍の火焔は純金糸の撚金で新調。背景の波と波頭も純金糸で新調いたしました。龍の牙、爪には本象牙を使用。龍剣は特注の錺金具を使用。また乳の紋は肉入レ刺繍で、神社の社紋である「左三つ巴」と「上・八・木・中・若」の文字を角字で表現いたしました。

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「水引幕」大改修 昭和30年製

地区名
図柄 「桶狭間の戦い乃図」 寸法(14尺5寸×3尺1寸5分)

昭和30年に淡路島の津名郡生穂町(現・淡路市生穂)のだんじり業者「大歳」によって制作された水引幕です。大歳は元々は造り酒屋でしたが、大工職人や金具職人、刺繍職人を呼び寄せて、だんじりの製造を一手に引き受けていました。戦後、大歳は、播州の「絹常」で働いていた刺繍職人を数名招いて、四国系の刺繍を意識し、絹常流の御殿の入った純金糸縫い潰しの飾り幕をいくつも制作しています。人物の顔の表情や衣装の縫い方には絹常の特長が色濃く感じられます。その中で本作品である、「桶狭間の戦い乃図」は大歳、最後の作品だといわれており、たいへん貴重な水引幕と言えます。
※龍と人物、城を旧幕から取り外し、細かく部品を分解して、ほつれを綴じ直しと糊入レで補修いたしました。背景の波と雲は、古い金糸を全て外し、駒に巻き取って再び刺繍で埋め込みました。岩の一部は新しく復元をして。龍の牙、爪は磨き直し、欠損は本象牙で新調いたしました。

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「緞帳幕」大改修 幕末~明治初期製

地区名 和歌山県紀の川市 粉河 (粉河祭り) 北町
図柄 「佐久間玄蕃太閤本陣乗込乃図」 寸法(29尺×4尺6寸)四張り分

幕末~明治初期に兵庫県の神西郡千原村(現・神崎郡市川町千原)の刺繍職人、岩田虎市氏によって制作された飾り幕です。下絵の名に「岩」の印があることから、自ら下絵も描き刺繍を制作していたものと思われます。図柄は「賤ヶ岳の戦い」天正11年(1583年)、柴田勝家の家来である佐久間玄蕃が羽柴秀吉の本陣に乗込む場面を四枚の幕にまとめたものです。
※特に傷みの激しかった人物の鎧や衣装は、明治初期の縫い方に習い修復。非常に細かい撚糸で表現された馬の毛は、旧幕と同じように「毛出し縫い」という技法で復元いたしました。下地は、少し朱色に近い緋色の羅紗地で新調。背景はすべて新しく刺繍仕直し、岩田氏の図柄の特長を再現いたしました。また七本槍の槍先や兜の鍬形は、特注錺金具で一つひとつ手打ちで復元いたしました。

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緞帳 北町1-1

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「行燈幕」大改修 幕末~明治初期製

地区名 和歌山県紀の川市 粉河 (粉河祭り) 中町
図柄 「鷲九尾狐牡丹乃図」 寸法(11尺5寸×2尺1寸5分)

幕末~明治初期(推定)制作の飾り幕です。黒羅紗地に九尾の狐を追掛ける冠鷲と周りには牡丹の花が肉入レ刺繍で美しくあしらわれています。九尾の狐は「太平広記」など一部の伝承では、平安な世の中を迎える吉兆、幸福の象徴として描かれています。冠鷲は「百鳥の王」。牡丹の花は「百花の王」と言われ三つの吉祥物の組み合わせの図柄は、一部の古い歌舞伎衣装の刺繍に使用されていますが、飾り幕としては、中町の行燈幕以外は確認されておりません。非常に珍しく貴重な飾り幕と言えます。
※九尾の狐、牡丹の花、葉を旧幕から取り外し、それぞれのほつれを綴じ直しと糊入レで補修いたしました。冠鷲と牡丹と葉の一部、岩は傷みが激しかった為、新しく復元。下地の黒羅紗は新調。ヘリと乳は、旧幕と同じように緑羅紗で再現いたしました。

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中町1

中町2

「水引幕」大改修 明治36年製

地区名 兵庫県淡路市木曽上 (春祭り) 木曽上
図柄 「追い掛け龍乃図」 寸法(13尺9寸×2尺9寸5分)

明治36年に淡路島の掃守村(現・南あわじ市掃守)の刺繍職人、名工 小泉久吉氏によって制作された淡路型の水引幕です。猩々緋の羅紗地に躍動感ある雌雄の龍が追い掛け合っている姿を肉入レ刺繍によって表現されています。尾の先に剣を持っている龍が雄で、手に宝珠を持っている龍が雌とされます。また宝珠には大きなガラス玉がはめ込まれています。追い掛け龍の図柄は祭礼用の飾り幕として、たいへん好まれ、淡路島内でも、多数存在します。中でも本作品は明治時代の名品と言えます。
※二匹の龍を旧幕から取り外し、部品を細かく分解して、ほつれを綴じ直しと糊入レで補修。龍の火焔は糊入レで補修した後、彩色をして、元(新調時)の色に戻しました。龍の背ビレは、分解をした際に、昔の色糸が残っていた為、それを元に同じ色(藍色)の撚り糸で復元をいたしました。下地の猩々緋羅紗は新調、背景の肉入レの雲は載せ替え、直縫い部分は純金糸で新しく復元いたしました。

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木曽上1

木曽上2

「土呂幕」新調

地区名 和歌山県御坊市 (御坊祭り) 御坊町
図柄 「黒羅紗地に蛇乃図」 寸法(15尺2寸×2尺)

和歌山県日高地方の祭礼で使用される獅子頭を運搬するための道具を「屋台(やたい)」と言い、その屋台の長持(ながもち)に飾る幕を「土呂幕」と呼びます。御坊祭りの獅子屋台の歴史はたいへん古く、江戸時代初期(延宝年間1673~1681年)には既に存在し、およそ300年以上の歴史があるといわれています。
※黒羅紗の下地に御坊町の町印である「鳥居」と向かい合う二匹の「蛇」を肉入レ刺繍で表現いたしました。また乳には、金糸刺繍で、本願寺日高別院の寺紋である「西六条下がり藤」そして「御坊町」の文字と、御坊町内七つの組、「東上・東下・中上・中下・西上・西下・古寺内」の文字を角字で表現いたしました。


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